ラチェットハンドルの強度に関するよくある誤解と、使い方の注意点
ラチェットのデメリットとして「強度」が取り沙汰されるが、そこには「よくある誤解」がある。ラチェットハンドルの正しい使い方に関わることなので、真実を理解しておきたい。
ラチェットハンドルは構造的に壊れやすい……というのは誤解
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「ラチェットハンドルのギア数(歯数)の違い。多いほどいいのか?╱後編」の続き。
●レポーター:イルミちゃん
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ここまでラチェット機構の仕組みについて解説してきましたが、こういった知識が身につくと「正しい使い方」にもつながっていきます。
●アドバイザー:KTC トリー研究員
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と言うと?
●DIYラボ別館 ユキマちゃん
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ラチェット機構は、歯車(ギア)とツメ(クロウ)の噛み合わせがキモです。
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ここでまず、ラチェットハンドルのよくある誤解をひとつ、解いておきます。
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誤解とは?
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ラチェットハンドルは、「強度的には弱いのではないか?」とよく言われたりもします。
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…ホホウ。
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まあねぇ。細かい部品がいろいろ組み合わさっているし、なんか壊れやすそうな気もするね。
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確かに、ツメと歯車の噛み合わせが「浅がかり」になると、大幅に強度が落ちます。
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む。
やはり。 -
しかし、ツメと歯車がしっかり噛んでいる状態であれば、むしろ丈夫なんです。条件によっては、めがねレンチよりラチェットハンドルのほうが強い場合もあります。
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……え?
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めがねレンチより強度的に強いっていうのは、盛りすぎでは?
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そんなことはありません。多くの人はラチェットハンドルよりめがねレンチのほうが、強度的には強いと思っているでしょうけれど。
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普通に考えて、一体の金属でできているめがねレンチのほうが頑丈そうに見えますが…
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今のラチェットハンドルは「歯車とツメ」がちゃんと噛み込んだ状態であれば、一体の金属とほぼ同等の強度がだせる設計になっているのです。
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ほえ~、そうなんですね。
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それにしたって、最初から一体金属のめがねレンチとほぼ同等なんでしょう? 「めがねレンチより強い」とまで言ったら言いすぎでは?
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そこは、めがねレンチとラチェットハンドルのヘッドの大きさを考えてみてください。
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ラチェットハンドルのほうが、より大きな質量で力を受けていることになります。
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言われてみれば……めがねレンチのアタマのほうが、だいぶ薄い。
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強度の面では質量が大きいほうが有利だね。ナルホド。
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ハイ。ツメと歯車がしっかり噛み込んだ状況なら、ラチェットハンドルは十分強いんです。
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そうだったのか~。
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ただ、ラチェットハンドルとソケットの組み合わせによっては、めがねレンチの方が強い場合もあります。参考までにJISの試験トルクによると、同じ21ミリの口径サイズで比較した場合、以下の順に強度が強くなります。
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差込角12.7sqのラチェットハンドルなら、めがねレンチを上回る強度になるってことか~。
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ちなみにKTCの場合、ラチェットハンドルが壊れるケースでは、ソケットを付けるドライブ角(差込角)がほとんどです。
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これは「そういう設計にしているから」とも言えますが。
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そういう設計って…?
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ラチェットハンドルのツメや歯車が先に壊われないように強度設計されているのです。
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あ~。以前にレポートした、KTCが重視している「工具の壊れ方のコントロール」ですね。
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ただ、小さいサイズのソケットは、そもそもラチェットハンドルより強度的に弱いです。
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ソケットの外周は薄いですから、例えば差込角9.5sq.のソケットで、だいたい14mm前後より小さいサイズだと、ラチェットのアタマよりソケットが先に壊れることが多いです。
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そうなんだ。でも、ラチェットハンドル本体は思ったより頑丈な工具なんだね~。
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ただし、ラチェットハンドルのツメと歯車が浅がかりになる場面では大幅に強度が落ちます。このことが重要。
9.5sq.+21mmソケット<めがねレンチ21mm<12.7sq.+21mmソケット
ラチェットハンドルの正しい使い方を、構造面から理解しておこう
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ラチェットハンドルがめがねレンチよりむしろ頑丈だと言ったのは、ツメと歯車がしっかり噛み込んでいるのが前提の話です。
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まず大切なのは、回転方向の切替えレバーを確実に操作すること。レバーが途中の位置だと浅がかりになってしまします。
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ラチェットハンドルの使い方として、重要なポイントだ。
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作業中、ラチェットのハンドルではなくヘッド部分を持って回すときも注意が必要です。
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ヘッド部分を持って早回しするのは上級者っぽくてカッコいいけど……なにか問題でも?
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確かにヘッド部を持って手首のひねりでラチェットを早回ししたり、大きく重いラチェットハンドルを安定して操作できるよう片手でヘッドを支えながらハンドルを回すということはよくしますが、その際、手でレバーを動かしてしまわないよう注意が必要です。
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レバーが動いてしまうと、ツメが浅がかりになってしまうからかー。
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また、レバーがきちんと切り替わっていても、ツメが歯車の山を乗り越えていくときは不安定になります。
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この場面(↑)では、ツメと歯車が噛み合っていない状況ですので。
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でも、ツメが山を越える動きって、ラチェットを空転させているときの動きなんだよね。
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ふむ。
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その場面ではそもそも力をかけることはない……のでは?
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そうですね。でも使い方として、極端に早回ししたときに、危ないんですよ。
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……早回しすると何が危ないのでしょう?
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浅がかりの状態のままで、ねじを締める力がかかるかも知れない。そのときはラチェットハンドルの強度は、極端に落ちています。
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でも、ラチェットハンドルは早回しするための工具なのに、早回しするなと言われましても…。
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もちろん通常レベルの早回しはいいんですけど、あまりに極端に早回ししようとすると、歯車とツメが浅がかりの状態になる可能性が上がる、ということです。
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なるほど、なるほど。
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この点を考慮すると、早回し工具といいつつも、ある程度はゆっくりやるほうが安全です。……ゆっくり、という言い方にも語弊がありますが。
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カリ……カリ……カリって回すの? なんかプロっぽくないんだけど。
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そこまでは言いません。普通にカリカリカリ、カリカリカリ……くらいで使う分にはなにも問題はありません。その場合には強度の強い工具と言えます。
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シャーシャーシャーって早回しするのはよくない、ってことね。
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極端な早回しは浅がかりの原因になる、ということで避けたほうが無難です。
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ラチェットハンドルを持ったからって、あんまり調子に乗りすぎてもダメってことよ?
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なんで私に言うのよ。
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いや、だって今回の話は、「音がプロっぽいから」という理由でラチェットハンドルを選ぶタイプの人に、注意なのかなって思って。
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……。まあ、確かに早回しの練習をしようと思ってたが、ほどほどにするか。
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いずれにせよ、ラチェットが構造的に理解できていると、ツメと歯車の噛み合いの重要性もイメージできるのかな、と思います。
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その意味ではやっぱり構造を知っておくのは大切です。
DIY Laboアドバイザー:トリー研究員
KTC・ブランド戦略部に所属。『なるほど!工具ノート』でおなじみの「朝津かな」さんの先輩にあたり、工具のイロハを教えた師匠のひとり。多忙な中でも、工具のことについて質問されるとトークが止まらなくなる生粋の先生気質。
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